東京地方裁判所 昭和61年(ワ)15022号 判決 1987年8月28日
原告
松宮吉子
被告
山中ため
主文
一 被告は、原告に対し、三一八万七九五〇円及びこれに対する昭和六一年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告のその余を被告の各負担とする。
四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、六六四万七五〇〇円及びこれに対する昭和六一年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告
1 事故の発生
被告は、昭和五八年一二月二二日午前一一時五五分ころ、東京都中央区月島三丁目一〇番四号先交差点(以下「本件交差点」という)の隅田川寄りに設置された横断歩道(以下「本件横断歩道」という)付近において、三輪自転車(以下「本件自転車」という)を運転して走行中、原告と接触し、転倒した原告が負傷した(以下これを「本件事故」といい、右接触転倒地点を「本件事故地点」という)。
2 責任原因
被告は、前方不注視のため、本件交差点において信号待ちをしていた原告に気付かず、本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条により原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。
3 損害 六六四万七五〇〇円
(一) 治療費 三〇万二八〇〇円
原告は、本件事故による受傷のため次のとおり入院、通院して治療を受けた。
(1) 昭和五八年一二月二二日から同五九年四月二一日まで一二一日間石川島播麿重工業健康保険組合病院(以下「石川島健保病院」という)に入院
(2) 昭和五九年四月から同年九月までの間同病院に六日間通院
(3) 昭和五九年一〇月九日から同月一六日まで坂部医院に通院
(4) 昭和五九年一〇月二四日、二五日関東逓信病院に通院
(5) 昭和五九年一一月八日から同六〇年一〇月二日まで三二八日間石川島健保病院に入院
(6) 昭和六〇年一〇月二日から同六一年五月二四日まで二三四日間中伊豆温泉病院に入院
原告は右治療のため、石川島健保病院に対し三万六五五〇円、中伊豆温泉病院に対し二四万七七五〇円、坂部医院に四六五〇円及び関東逓信病院に一万三八五〇円の各支払を余儀なくされ、頭書の損害を被つた。
(二) 入院雑費 六八万三〇〇〇円
入院合計日数六八三日につき一日一〇〇〇円の割合
(三) 杖及び補助器具代 二万六七〇〇円
原告は後記後遺障害のため歩行、着座が困難となつたため、金属製の杖(七三〇〇円)と木製の杖(一九〇〇円)、補助靴(二五〇〇円)及び特製いす(一万五〇〇〇円)の購入を余儀なくされ、頭書の損害を被つた。
(四) 慰藉料 五〇〇万円
原告は本件事故による傷害の治療のため前記のとおり長期間にわたる入通院を余儀なくされ、この間人工骨頭置換手術(昭和五八年一二月二六日)、関節形成手術(昭和六〇年二月二五日)更に人工股関節置換手術を受けたが、左大腿骨頸部骨折により左下肢機能が全廃し、杖に頼らないと歩行が不可能であり、原告の年齢(七〇歳)からして回復の見込みはない。原告は本件事故前に前胸廓形成術を受け第二種五級の身体障害者に認定されていたが、本件事故のため右認定等級は第二種三級となり、一人暮しのため日常生活に非常な支障を来たすに至つている。
かかる事情を考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は五〇〇万円が相当というべきである。
(五) 弁護士費用 六三万五〇〇〇円
原告は、被告に対し、右(一)ないし(四)の合計六〇二万〇一九一円の損害賠償請求権を有するところ、被告が任意の弁済に応じないため、財団法人扶助協会東京支部を介して本訴の提起と追行を原告訴訟代理人に委任し、着手金一三万五〇〇〇円を支払つたほか(同支部の立替払を受けたもの)、成功報酬として五〇万円の支払を約束し、右相当の損害を被つた。
4 よつて、原告は、被告に対し、損害合計六六四万七五〇〇円及びこれに対する本件事故(不法行為)の後である昭和六一年一二月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。
二 被告の認否
1 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。
2 同2(責任原因)の事実はすべて否認する。
3 同3(損害)の事実は不知。
4 同4の主張は争う。
三 被告の主張
本件事故は、原告の自招事故であり、被告に責任はない。すなわち、被告は本件自転車を運転して、青色信号に従い、歩行速度を多少上回る程度の速度で本件交差点を直進して本件事故地点に差しかかつた時(右自転車の左側後輪が進路左側の歩道端から五〇センチメートル以上離れたところを走行していた)、原告が横断のため信号を無視して本件横断歩道を外れた車道部分に飛び出し、本件自転車の後部荷台左側付近に衝突し、自転車もろともに転倒したものである。
四 被告の主張に対する認否
被告の主張は争う。原告は、歩道上の電柱に寄り掛かるように立つて信号待ちをし、歩行者用の信号が赤から青になると同時に横断のため道路内へ踏み出したとき、本件自転車の左ハンドル付近に原告の所持していた荷物が接触し、本件事故に至つたものである。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、責任原因について判断するに、右争いのない事実に本件事故後の本件事故地点付近の写真であることに争いのない甲一二号証及び乙二号証の一ないし六、昭和六二年一月当時の本件自転車の写真であることに争いのない乙一号証の一ないし七、原告及び被告各本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、被告は本件自転車に搭乗して晴海方面から隅田川方面に向か本件交差点に差しかかつたが、既に対面信号(答弁書添付の「事故現場図」中の付近の信号。以下「本件信号」という)が青色を示していたのでそのまま停止することなく一般的な歩行速度を少し上回る程度のゆつくりした速度で同交差点を通過して車道左側端沿い(歩道側端から五〇センチメートル前後の辺り)を進み、右の前を通過にかかつたところ、ちようどそのときの位置にある電柱に寄りかかつて信号待ちをしていた原告が、その対面信号が青色に変るとほぼ同時に横断のため車道に踏み出したため、通過しかけた右自転車を押すようにこれと接触し、被告は自転車もろとも横転し、原告も被告に折り重なるように倒れた。ところで、被告は、本件交差点を通過している間に本件信号が変り、本件事故地点に差し掛かつたころには赤色を示していたのにこれに気付かなかつたし、また、本件横断歩道を通過する際漫然と進行し、信号待ちの歩行者の有無及び動静に対する注意が十分ではなかつた。以上の事実が認められ、原告及び被告各本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、被告は、自転車事故が思わぬ重大事故に至ることのあるのを念頭に置き、低速度の自転車走行であつたとはいえ、横断歩道及びその直近を歩道沿いに通過するに当たつては、信号の変化及び歩行者の有無・動静に注意を払い、本件のごとき事故を防止すべき注意義務があつたものというべきところ、これに違背する過失により本件事故を発生させたものというべきであるから、民法七〇九条により、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。
三 進んで損害について判断する。
1 傷害の内容、程度
前記認定事実に原告本人尋問の結果及びこれにより成立の真正を認める甲二ないし五号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故により左大腿骨頸部骨折の傷害を負い、人工骨頭置換術、関節形成術などを含め請求原因3(一)主張のとおりの入院、通院による治療を受けたが、左下肢機能が著しく損われ、杖に頼らないと歩行ができない状態となり、この後遺障害は原告の年齢(大正五年五月一六日生)からしても回復は見込めないであろうことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 損害額
(一) 治療費 三〇万二八〇〇円
前記認定事実に原告本人尋問の結果により成立の真正を認める甲六号証の一ないし一三、七号証の一ないし二四、八号証の一、二、九号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告が前記入通院の治療費として合計三〇万二八〇〇円の支払を余儀なくされたことが認められる。
(二) 入院雑費 五四万六四〇〇円
原告は、弁論の全趣旨により前記入院期間(合計六八三日)中一日につき八〇〇円の割合で入院に伴う諸雑費合計五四万六四〇〇円の支出を余儀なくされたものと認める。
(三) 杖及び補助器具代 二万六七〇〇円
原告本人尋問の結果及びこれにより成立の真正を認める甲一〇号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、原告は前記後遺障害のため、歩行、着座に要する特別な杖、靴、椅子の購入を余儀なくされ、右代金として合計二万六〇〇円を支払い、右相当の損害を被つた。
(四) 慰藉料 五〇〇万円
前記認定の本件事故の態様、入通院の経緯、後遺障害の内容・程度、本件審理の経緯その他本件審理に現れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故により被つた精神的苦痛を慰藉するには五〇〇万円をもつてするのが相当である。
(五) 過失相殺
本件事故発生が被告の過失によるものであるとはいえ、前記認定事実及び原告本人尋問の結果によれば、原告においても、ささいな事故が思わぬ重大結果に至る年齢にあつたのであるから、道路横断等に際しては安全に十分注意すべき義務があつたのに、信号が変つた直後、道路の通行車両の有無等左右の安全を確認することなく、しかもわずかではあるが横断歩道を外れたところにある電柱の陰から突然飛び出すような形で車道上に踏み出したことが認められ、本件事故の発生及び傷害が意外な重大結果に至つたことについて、その過失は少なからぬものがあり、五割を下るものではないものといわなければならない。
すると、右過失相殺後の原告の損害額は二九三万七九五〇円となる。
(六) 弁護士費用 二五万円
成立に争いのない甲一三号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は被告が任意に前記損害の支払に応じないため本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に依頼し、相当額の着手金、報酬等弁護士費用の支払を約束したことが認められるところ、本件事案の難易度、審理の経過、認容額その他諸般の事情に照らし、本件事故と相当因果関係のある右弁護士費用相当の損害は二五万円と認めるのが相当である。
四 よつて、原告の本訴請求は、被告に対し三一八万七九五〇円及びこれに対する本件事故の後である昭和六一年一二月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するが、その余の請求は理由がなく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤村啓)